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実家暮らしは悪なのか? ~子ども部屋に住み続けるおとなたち~

    
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実家暮らしは悪なのか? ~子ども部屋に住み続けるおとなたち~

おとなになっても、生まれ育った実家を出ない、通称子ども部屋おじさん・子ども部屋おばさん。
実家暮らしは悪なのか?という問題にあらためて向き合ってみました。

子ども部屋おじさん・子ども部屋おばさん

「子ども部屋おじさん」というなかなかのパワーワードが生まれたのは、2014年の2チャンネル掲示板(当時)。
テレビ番組で放送されたプロゲーマーさんの自室の映像を見た人が、掲示板に「まるで子ども部屋のようだ」と書き込んだことからはじまったようです。

意味としては、「所帯も持たずに、実家暮らしを続けている中年男性」を指します。派生して、同じ状況の女性を「子ども部屋おばさん」ということもあるそうです。

さらに、それぞれ略して「こどおじ」「こどおば」とも言われます。いわゆるネットスラングが始まりですね。

少し前に流行った「パラサイトシングル」と同じような意味合いで使われます。

ちなみに、「ニート」という言葉も同じような意味で使われることがありますが、詳しく見てみるとぜんぜんちがう言葉です。

そもそもニートはネットスラングなどではなく、経済協力開発機構(OECD)というお堅いが国際機関が定義した「就学・就労していない、また職業訓練も受けていない若者(Not in Education, Employment, or Training)」を指す言葉で、対象年齢は15~29歳だそうです。

ニートが無職の若者を指すのに対し、子ども部屋おじさん・おばさんは、収入の有無を問いませんし、一般的に「おじさん」と言われる中年は「40歳から64歳の25年間」を指すそうですから、対象年齢もちがいますね。

今回取り上げるのは、前者の「こどおじ」「こどおば」、つまり「おとなになっても実家暮らしを続けている人=パラサイトシングル」のお話です。

実家暮らしは悪なのか?

「おとなになっても実家暮らしを続けることは悪なのか?」

これについてはいろんな議論があり、いろんな人がいろんなご意見を持っているかと思います。

先にわたしの個人的な意見をお話しておきますと、「別に悪ではない」と思っています。

そもそも他人が誰とどう暮らすかに、善とか悪とかのジャッジをくだせるような立場の人なんていないですから、実家暮らしの是非を論争すること自体、無意味だと思っています。

それでもわたしがこの記事を書く理由は、ひとつ。

たとえ今は実家暮らしが快適だと感じていても、それが永遠に続くわけではないからです。

先送りにしてあとで後悔することの無いように、実家暮らしに潜む真の問題について考えてみていただけたらと思っています。

他者の言葉に安心する心理

「子ども部屋おじさん」「子ども部屋おばさん」

これらの言葉には、実家暮らしの人を嘲笑するような響きがあり、あまりいい気がするものではありませんね。

だけど、自分に対して向けられているものではないとしっかり思えていれば、ただのネットスラングで流行語にすぎないと、過剰反応することなくやり過ごせます。

少し前に、タレントのカズレーザーさんが、ご自身のYouTubeで「20代で実家暮らしはおかしい?」という視聴者さんからの相談に、「全然おかしくないと思います。実家から通えるんだから、別に良いと思いますけど」と回答したことが話題になっていました。

年齢層は外れますが、実家暮らしに肯定的な意見でした。

注目したいのは、この方のコメントではなく、このコメントに対するネット上の反応です。
特にカズレーザーさんのコメントは、「本当にそのとおり!と拍手喝さいを浴びた」とニュースで話題になっていました。

このコメントに拍手喝さいを送ったのは、当事者である実家暮らしの人たちだと思われ、おそらく公人(芸能人でしかも知識人として一目置かれている人)が、公の場で実家暮らしを肯定してくれたことにより、自分が肯定されたような安心感を得たからの拍手(高評価)だったと思います。

意地悪なようですが、裏返せばそれはつまり、自分で自分の状況を心からいいと思えていない気持ちがあったからこその他者の言葉によって得た安心感であり、それだけ実家暮らしに後ろめたさを抱えている人が多いことの裏付けにもなります。

なぜなら、元々実家暮らしを心から問題ないと思えている人であれば、カズレーザーさんの言葉に「そりゃそうだよね」以上の感想は持たず、拍手喝さいを送るほどのことでもないからです。

このことからもわかるように、「こどおば」「こどおば」という言葉に心が強く揺さぶられる人はおそらく、以下のような方たちです。

  • 自分の実家暮らしを後ろめたく思っている。
  • 自分の実家暮らしを内心後ろめたく思っているが、それを抑圧して気づいていない。

自覚の有無は別として、実家暮らしに多少なりとも後ろめたさを抱いている人は、このような言葉を使う人から自分が攻撃されたと感じるから、強く反応するのです。

なぜ実家暮らしが後ろめたいのか

では、この方たちはどうして実家暮らしに後ろめたさを感じているのか。

それは、「実家暮らし=甘えてる」というパブリックイメージに、ご自分でも何らかの心当たりがあるからだと思います。

心理学的に考えて、他人の言葉に強く反応するときは、自分も何らかの思いがそこにあるものです。

一見するときちんと収入を得て自立したおとなのように振舞っている人でも、心のどこかで親を頼り、拠り所にしている感覚があるからこそ、他人から後ろ指をさされている感じがしてしまうのです。

  • ちゃんと生活費入れてます
  • 自分の洗濯は自分でしています
  • むしろ病院の送迎とかさせられてこっちが世話してるくらいです

こんな反論も予想されますが、本当は薄々気づいているのではないでしょうか。
物理的・金銭的な自立と、精神的な自立は別問題だということに。

おとなになった自分が、いまだに親を安全基地にしていることをなんとなくでもわかっているから、投影(自分の心の中を鏡のように他人に映し出す心の働き)が起こり、他人からの批判に敏感になってしまうのです。

実家暮らしを揶揄する人の心理

一方で、「こどおじ」「こどおば」などという言葉を使って、実家暮らしを揶揄する人がいるのはなぜなのか。

ここには、自分が「他の誰かよりマシ」だと思いたいという心理が潜んでいます。

  • 自分は社会的に成功を収めているわけではないが、少なくとも実家で暮らしているヤツよりはマシ。
  • わたしも親に依存している部分はあるが、実家で暮らしている人よりは自立している。
  • 苦労してひとり暮らししている自分は、甘えている人たちよりえらい。

このような優越感は劣等感の裏返しであり、誰かと比べて劣っていると思うからこそ、勝てる他の誰かを探してしまうのです。

そして、自分が本当は親に甘えたい気持ちを抑圧して生きてきたからこそ、実家暮らしをしている人に投影(自分の心の中を鏡のように他人に映し出す心の働き)をし、嘲笑したくなるという心理です。

実際、このようなことで誰かをバカにするような人の多くは、幼少期から親と仲のいいきょうだいへの嫉妬心を抱えています。

というわけで、「こどおじ」「こどおば」と言われて過剰反応する人も、またそういった言葉を使って他者を攻撃する人も、お互いが自分の本心を鏡に映し合って争っているに過ぎないということなのです。

争いあるところに、未消化の感情ありです。

実家暮らしの本当の問題

わたしは、実家暮らしの真の問題は、「親との精神的な同居」にあると思っています。

実家暮らしというライフスタイル自体には何の問題もなく、そこに「精神的な依存関係」があることが問題だというわけです。

物理的・金銭的な依存の有無はわりとどうでもよくって、そういった表面的なものに隠れた精神的な依存こそが、課題だと思っています。

だから、物理的には実家に暮らしていないけれど、精神的に親と同居している人(親に依存している人)も、この問題には含まれており、実家暮らしを揶揄する人も他人事ではないということです。

どうして親に依存していることを問題視するかというと、さきほども書いたとおり、「それが永遠に続くわけではないから」です。

決して、親に依存している人を批判したり非難したいわけではなく、その先に待っている「孤独」の話をしています。

もし親に依存したまま一生を終えられるのなら、その選択も悪くはないと思いますが、確率的にいって、どうしたって子が後に残される可能性は高いです。
実家は「住居」という形では残るかもしれませんが、今のように親がいる安心安全な空間ではなくなります。

精神的に自立をしている人なら、住居さえ残れば問題なく生活を続けられると思いますが、「精神的な同居」をしていた人にとって、ひとり残され孤独を抱えて生きていくのは、おそらくとてつもなくつらいことなのではないかと想像します。

余計なお世話だと言われてしまえばそれまでなのですが、できることなら気力も体力も残っているうちに、自立の道を模索しておいていただけたらなと思っています。

精神的な子ども部屋から脱するには

それでは「精神的な子ども部屋」を出て、自立に向かうにはどうしたら良いでしょう。

わたしは、精神的に依存している人が親から自立するための最も有効的な手段は、やはり親と物理的・金銭的な距離を取ることだと考えています。

さっき「物理的・金銭的な自立と、精神的な自立は別問題だ」って言ったじゃないかと思われるかもしれませんが、それは物理的・金銭的に自立しているからといって、精神的に自立しているとは限らないという意味であって、そもそも精神的な依存状態にある人が、親から物理的・金銭的な援助を受け続けながら精神的にだけ自立することは困難です。

なぜなら、精神的な依存状態にある人のほとんどは、子から親への一方的な依存ではなく、親から子への依存でもある「共依存状態」だからです。

つまり、子が精神的に自立しようとすることを、親が物理的・金銭的に自分に依存させることで阻んでしまうため、日々顔を合わせ援助を受け続けている状態では自立への道が遠ざかるのです。

しかも厄介なことに、物理的・金銭的な援助という手段を使って自分に依存させていることを、ほとんどの親は無自覚です。「子どもがいつまでも自立しないから、仕方なく助けてあげてる」と思っています。

でも、精神的に自立できない子どもの親は、子どもが自分の側にいることで、自分の孤独を埋めようとしています。つまりは子への精神的な依存です。

表面上は、「いい歳していつまでも実家に居座って困ったものですよ」なんて言ったり思ったりしていますが、その潜在意識には、「いつまでも我が子を手元に置いておきたい」という執着があり、それを子どもも潜在意識レベルで感じ取って、実家に留まることを選んでいます。

親がいない外の世界は「危険」であると信じ込まされ、親以外の人と親密になることを恐れてしまいます。

この問題は、潜在意識レベルでの共依存なので、話し合いで解決することは困難です。

この歳まで子どもに依存し続けて年齢を重ねた親が、自分が子どもに依存していることに気づき、それを素直に認め、今から子どもの自立をよろこんで見守ることなど、ほとんどの場合不可能です。(たまに覚醒される親御さんもいます!)

だから、物理的・金銭的に親から離れることで精神的な依存を断ち切るのが、あなたが自立に向かういちばんの近道だと、わたしは考えています。

もちろん、長年の依存を断ち切って親から離れることは、とてつもない恐怖が伴うでしょう。

なので、いきなり恐怖を振り切って家を出た方がいいとは言いません。

だけど、自分の内側と対話し、インナーチャイルドが抱える恐怖を癒しながら少しずつ自立の道を模索していくことは大切だと思います。

その恐怖に向き合わず先延ばしにし続けると、待っているのは「将来の孤独」です。

親にはあなたがいたからいいとして、あなたが今の親の年齢になったときに、いったい誰が側にいてくれますか?

繰り返しになりますが、実家暮らしの人を責めるつもりはありません。

むしろあなたは、親に潜在意識レベルで捕まってしまっている苦労人です。

だからこそ、この先の人生を自分のために生きてほしいし、あなたはあなたのために、今の選択をしていただけたらと思うのです。

わたしは、親から精神的な自立を果たし、幸せに向かうと決めた人を心から応援します。

インナーチャイルドケアは、親との精神的同居を脱却するときに伴う恐怖感を癒すのに、きっと役立つはずです。

自立を目指したい方、入門講座でお待ちしております!

【まとめ】
●「子ども部屋おじさん・おばさん(通称、こどおじ・こどおば)」は、「所帯を持たずに実家暮らしを続けている中年男女」を指すネットスラング。ニートとは異なる。
●「こどおば」「こどおば」という言葉を他人事と思えず、強く心が強く揺さぶられる人は、実家暮らしになんらかの後ろめたさを感じている人。(無意識の場合あり)
●おとなになった自分が、いまだに親を安全基地にしていることをなんとなくでもわかっているから、投影(自分の心の中を鏡のように他人に映し出す心の働き)が起こり、他人からの批判に敏感になってしまうという心理。
●一方で、「こどおじ」「こどおば」などという言葉を使って、実家暮らしを揶揄する人は、自分が本当は親に甘えたい気持ちを抑圧して生きてきたからこそ、実家暮らしをしている人に投影(自分の心の中を鏡のように他人に映し出す心の働き)をし、嘲笑したくなる心理。
実家暮らしの真の問題は、「親との精神的な同居」にある。
●精神的に親に依存している人が、親がこの世からいなくなったあと、ひとり残され孤独を抱えて生きていくのは、とてつもなくつらいこと。
●精神的な依存を解消するのに最も有効的な手段は、親と物理的・金銭的な距離を取ること。
●精神的な依存状態にある人のほとんどは、子から親への一方的な依存ではなく、親から子への依存でもある「共依存状態」
●共依存状態に陥っている親の多くは、物理的・金銭的な援助という手段を使って子どもを自分に依存させていることに無自覚なため、話し合い等で解決することは困難。この方から距離を取るのが有効。
●長年の依存を断ち切って親から離れるには恐怖が伴うはずなので、無理をし過ぎない。
●自分の内側と対話し、インナーチャイルドが抱える恐怖を癒しながら少しずつ自立の道を模索していくことが大切。

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