バチなんてあたらないんだよ、というお話。
ぜんぶバチだと思ってた
みなさんは「バチあたり」についてどう思いますか?
小さい頃「〇〇するとバチがあたるよ!」なんて言われませんでした?
わたしは子どもの頃、祖母と同居だったこともあり、「悪いことをするとバチがあたる」という教えを固く信じていました。
・悪いことをしたらバチがあたる。
・あのとき悪いことをしたからバチがあたったんだ。
・あいつなんかバチがあたればいいのに。
・ざまーみろ!バチがあたったんだ。
不幸はすべて神さまだかおてんとうさまだかが自分や他人にくだしたバチだと思ってましたし、親や周りの大人の教えに背くことをするときには、いつどこからバチが飛んでくるか、内心めっちゃビクビクしてました。(それでもやってたんだけどねw)
だけど、わかっちゃったんです。神さまはバチなんてあたえないんですよねー。
バチは大人の都合のいい脅し文句
神さまがいるとしたら、それはみんなの幸せを願っている愛の存在のハズで、わざわざ人に罰を与えて苦しめるなんてことしないハズです。(〇〇教とかによっていろいろ解釈はあるんでしょうけど。)
わたしは「バチがあたる」なんていうのは、幼くて純粋な子どもの心に恐れを植え付けて、自分の思い通りにコントロールしようとするしょうもないしつけだと思ってます。神さまを利用して他人をコントロールしようとするなんて、それこそ神さまへの冒涜。バチあたりだ。(むっちゃ言ったったw)
大人に「バチがあたるよ」なんて言われたら、子どもは素直に信じてしまうし、バチがあたらないように言うことも聞くようになるでしょう。
でもその教えでは、子どもの動機づけが「愛」ではなく「恐れ」になってしまいます。
バチにあたりたくないから、片づけをして、
バチにあたりたくないから、友だちに優しくして、
バチにあたりたくないから、勉強する。
バチにあたりたくないから、いい子にする。
そこに、片付いていると気持ちがいいとか、友だちと仲良くなれるとうれしいとか、知識を付けるのは楽しいとか。
そういうポジティブな動機付けは存在しないので、ずっと無理や我慢が付きまとうことになるのです。
そのまま成長すると、自分の心地の良さなんて無視しして、「人の目が気になって仕方ない」他人軸の大人ができあがります。
たしかに、人の道は踏み外してないかもしれないけど、恐れに支配されて自分軸がないから、正解がわからなくていろんなところで迷い立ち止まることになります。
子どもに幸せになってほしいと願うのであれば、「恐れ」ではなく「愛」の動機づけが大切なんですよね。
すべては心の中の投影
悪いことが起こるのは、神さまが罰を下しているわけではありません。
自分の心のがあり方が外の世界に投影されただけのことで、あなたが今向き合うべき課題が目の前に現れているということです。
・仕事がうまくいかないこと
・人間関係のトラブル
・子育ての悩み
・お金の不安
これらは別に過去になにかやらかしたことのバツで起きてるわけじゃなくて、成長のためには今そのことに向き合う必要があるよ、という内側からの愛のメッセージです。
ネガティブな感情を体験するのは、トラウマ解消のチャンスでしかない。
どうしてその課題に直面しているのか、自分の中にどのようなブロックがあるのか、それを乗り越えるには自分の内面とどう向き合えばいいのか。
そういう視点でものごとを捉えることができると、人生は必ず好転していきます。
それをバチのせいになんかしてたら本当にもったいないんですよ。
バチなんて当たんないよ
これ読んでいるお若いみなさんへ。
お母さんやお父さんに「バチがあたるよ」って言われてきたかもしれないけれど、バチなんてあたんないよ。
でももし、自分で「悪い」と思っていることをすると、「罪悪感」という心の傷があなたの中に残ってしまうことになります。
それをそのまま持っていると、自分のやりたいことが見つかったとき、自分が幸せになろうとするとき、何か見えない力が働いて、あなたにストップをかけます。
それは本当にもったいないことだから、できれば「悪い」と思うことはしない方がいいと思います。
他の人のためじゃなくて自分のためにです。
それでも人に優しくなれなかったりするときは、自分で自分に優しくしていない証拠だから、まずは自分に優しくしてください。
自分の心に耳を傾けて、痛みに寄り添ってください。
自分で自分に優しくなれると、無理なんかしなくても自然と人に優しくなれちゃうものです。
誰かとケンカしても
受験に失敗しても
親の思い通りの就職ができなくても
親孝行しなくても
バチなんてあたんないよ。大丈夫。
どんな自分も自分で味方をしてあげてくださいね。
そして、これを読んでいるお父さん、お母さん。
「恐れ」で子どもをコントロールすることは、子どもを不幸に導いちゃいます。
自分の中に正解を見つけられず、大人になって他人軸で困ることになります。
だから、「〇〇するとバチがあたるよ」みたいな漠然とした脅し文句はやめていただきたいのです。
あと、「にんじんを食べないと病気になるよ」とか「牛乳飲まないと背が小さいままだよ」みたいな根拠のない脅し文句もやめていただきたいのです。
(このふたつが本当ならにんじんを食べないのに健康で、牛乳飲んだのに背が低いわたしはどうなる!)
ちなみに、「ゲームばかりしていると近視になる」という説もまだ証明されてません。
(わたしはテレビゲーム1時間に制限されてたけど、裸眼だとまっすぐ歩けないレベルに目が悪い!)
大切なのは、「愛」の動機づけ。
それをすること(やめること)のメリットを子ども自身が感じられるようになることですよね。
子どもの人生は子どものものです。時間はかかりますが、気長に見守れたらいいですね。